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アダムズ方式

 総務省は6月25日2020年の国勢調査の速報値を発表した。この結果から22年以降の衆院選で導入する「アダムズ方式」で試算すると小選挙区の定数配分が10増10減となる。比例定数も北陸信越を含めた見直しが行われる。小選挙区は東京、神奈川、埼玉、千葉、愛知の5都県で10増、地方の10県で10減となる。この調査結果を受け「地方の声を代弁する議員が減少するのは問題だ」と指摘する何人かの与野党議員の談話が報道された。「地方軽視につながる懸念」などと報じたメデイアもあった。だが一票格差を出来る限り人口比に近づけることは法の下の平等を定めた憲法の要請であり、これまでも何度も定数是正が実行されてきた。地方の声を重視する主張を衆院の定数論議に絡めることは、定数是正を否定したり先延ばしする口実を与える危うさを孕んでいる。
 衆院では1993年の小選挙区比例代表並立制導入以来、各党の定数削減という人気取り政策もあって3回にわたって定数是正が行われてきた。アダムズ方式による制度は一票の格差の違憲状態をなくすために当時の衆院選挙制度に関する調査会の答申を受けて16年に国会で決定された。これまで衆参の定数論議は最高裁の違憲判決を避けるために、その場凌ぎの対応が繰り返されてきた。16年改正も20年国勢調査の結果まで課題を先送りしたため、今秋行われる総選挙は2倍超の格差を抱えたまま行われる。また18年の参院選挙制度の改正では鳥取島根、徳島高知の合区、埼玉の定数増に加えて合区で溢れる議員救済のため比例に拘束名簿枠を法定した。定数は6も増やし一票格差是正の辻褄合わせをした。国民の批判を避けるため、増員する議員経費に充てるため議員一人毎月7万7千円を返納出来るとする、あきれるばかりの法改正も行った。このように国会議員の定数配分をめぐっては各党や議員の事情や思惑などによって、ねじ曲げられたり、現職議員優遇の対応が繰り返されてきた歴史がある。
 こうした経過を見ると、アダムズ方式の導入が地方軽視につながるとする懸念は的外れで、選挙区画定審議会から出される答申を、粛々と法案化して成立することが求められる。一方で、相次ぐ災害や、コロナ対策での知事の皆さんの苦闘ぶりを見ても、大都市への人口集中に対し地方の声を尊重する仕組みを作ることも要請される。これまでも衆参両院の在り方を検討し参院を「地方の府」に作り替えるべきとする主張が多くの識者からなされてきた。世界各国の第2院と比較しても特異な参院の在り方をめぐる議論は、主として与野党の参院側の消極姿勢によって前進していない。また一票の格差をめぐって参院の複数の県をまたぐ合区は今後も増え続け地方の議員はますます減少する可能性が高い。アダムズ方式による衆院の選挙区見直しは参院を含めた改革の機会と捉えるべきと思われる。

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100年前の警鐘

 マックス・ヴェーバーが亡くなって100年の今年、雑誌や新聞で特別企画が相次いだ。共通する問題意識があったらしく岩波と中央公論社はそれぞれ評伝の新書を刊行した。旧版(1980年)の「職業としての政治」(岩波文庫)も佐々木毅氏(元東大総長)の解説を加えて新装出版された。新聞紙上でも姜尚中氏の対談形式などで何度か掲載された。
 マックス・ヴェーバーの著作の中でも「職業としての政治」は政治学の古典として、今日でも世界中で幅広く読まれている。マキャヴェリの「君主論」とともに、この2冊は政治家には最低限の必読書とも言われる。私も現職の頃、超党派の議員仲間の「比較政治制度研究会」という勉強会で読後の感想を議論し合った。この勉強会には佐々木先生はじめ先日亡くなられた近現代史の坂野潤治先生やアメリカやヨーロッパ政治の研究者などに出席いただき適切なアドバイスやご指導を仰ぎながら国内外の歴史など幅広く学んだ。ヴェーバー没後100年で様々な企画書などが発刊された今年、当時が懐かしく思い出される。世界中でコロナ感染が猛威を奮っているが、100年前のヴェーバーの死因がスペイン風邪であったことを思うと、何か因縁めいためぐり合わせを感じる。
 ヴェーバーの時代、第一次大戦後のドイツはスパルダクス団(ドイツ共産党の前身)による蜂起が失敗し騒然たる状況にあった。特にミュンヘンは「前衛的な学生や知識人の[革命]という誇らしげな名前で飾り立てられた乱痴気騒ぎ」の中にあった。こうした1919年の状況下でヴェーバーが学生たちを前に行った講演の記録が、「職業としての政治」である。以来、世界的な名著として今日まで読まれ続けてきた。ヴェーバーは政治家に求められる資質として情熱、責任感、判断力の三つを上げる。そして「政治とは情熱と判断力を駆使しながら、堅い板に力を込めてじわっじわっと穴をくりぬいていく作業である」と政治家としての資質を厳しく問う。
 100年前スペイン風邪は世界中に大きな打撃を与える。当時もマスク着用反対運動などがあった。また世界全体の死亡率に比べ日本の死亡率が低いなど今日と相似する。第一次大戦後、国際連盟設立、今日の日本国憲法9条の原型とも言うべき不戦条約を締結するなど、世界は平和への歩みを進める。だが自国第一のブロック経済政策などが対立を招き数年にしてヒットラーの台頭を許す結果となる。米大統領選での国民の分断やヨーロッパでのポピュリズム政治の蔓延など民主主義が問われる状況を見ると100年前の歴史をしっかりと見据える必要性を痛感する。おそらくは今年ヴェーバーを取り上げ出版した各社の編集部や作者も同じ問題意識があったものと思われる。国民請けする政策、人気取り政策に偏りがちな日本の中央地方の政治家にもヴェーバーの警鐘を厳しく受け止めて欲しいものである。



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新冷戦時代の日本外交

 45年体制と言われる戦後世界秩序は、圧倒的な経済的、軍事的優位を背景にしたアメリカの主導によって維持されてきた。ブレトンウッズ体制(1944年の通貨金融の国際合意)のもとドルは基軸通貨として機能を果たし、市場経済と自由貿易体制が多くの国に繁栄と安定をもたらした。そしてソ連の崩壊により冷戦も終決し世界は平和と安定に向かうものと期待された。だが近年、アメリカの相対的地位が低下する一方、躍進目覚ましい中国の挑戦が目立ち国際秩序は不安定感を増している。覇権を競う米中新冷戦時代の始まりと言われる。
 中国は目覚ましい経済発展にも拘らず共産党一党体制を強化し内外で力による強行路線を貫いている。経済では社会主義市場経済体制を推し進め、市場支配力を拡大する。南シナ海では軍事力による国際法への挑戦を続ける。尖閣諸島でも日本領海への侵入を繰り返す。香港やウイグル自治区で自由や人権の抑圧が繰り返される。ニクソン大統領の訪中以来、アメリカ始め西側諸国が抱いてきた「経済が豊かになると民主主義体制に移行して行く」という希望的観測はどうやら幻想に終わりそうだ。さらに、生産拠点としての存在から膨大な人口を抱えた消費市場として存在感を増し、世界中の企業が中国市場を目指して凌ぎを削る。その巨大市場を背景に「戦狼外交」と呼ばれる力の外交を繰り返す。軍事力の強化にも力を注ぎ空母や核兵器に加え宇宙空間やサイバー分野でも軍事強国の道を歩む。こうした中国に対してアメリカはじめオーストラリア、カナダ、欧州各国などに警戒感が拡がりつつある。覇権を競う米中の争いはアメリカによるファーウェイ排除などデジタルを最前線として激しさを増す。
 世界には、環境問題や地球温暖化、そして感染症のワクチン供給など国際協力で解決しなければならない課題は山積している。対立と覇権争いから、大国同士が協調して共通の課題に取り組む世界秩序を作り出して欲しいものだが、期待に反して新冷戦は長引きそうである。
 日本としては、米国とは同盟を深め国際協調路線に引き戻すこと。そして最大の貿易相手国になった中国とは、民主、自由、、人権、など普遍的価値を重んじることこそ中国の利益であることを中国自身が認識できるような環境をねばり強く働きかけて行くこと、が外交の基本的立場になるのではないだろうか。長い道のりではあるが協調と平和の国際秩序形成に向けて日本の果たす役割は大きい。

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チャレンジ精神は甦るか

 政府は8日経済財政諮問会議に示した「骨太の方針」で「日本が世界から取り残され埋没しかねない」と危機感をあらわにした。科学技術など多くの分野で、日本の国際的地位の低下が指摘されて久しい。コロナ危機への対応でも日本のデジタル化への遅れが明らかになった。一律給付金や助成金などの事務作業のもたつきに加え、医療現場でのオンライン診療、教育現場でのオンライン授業など諸外国に比べて立ち遅れが指摘された。科学技術立国を誇っていた日本の地位の低下はかねてから懸念されていた。研究論文数で米中両国に大きく後れを取り、世界大学ランキングでも100位以内は東大と京大のみという状況だ。最先端技術で凌ぎを削る半導体分野でも、かつて世界のベスト10の上位を独占していた日本企業は姿を消しトップランナーの地位から完全に脱落した。一人当たりGDPでもかつての世界4位から26位まで後退した。
 後退の要因は数々指摘される。チャレンジ精神を失った活力の衰えがその一つとされる。80年代後半には昭和時代に急成長した経済に自信を持ち、日本中が繁栄を謳歌しバブル経済に踊った。だがこの過程で努力や勤勉の尊さを失って行った。そして90年代始めのバブル崩壊のショックを受けた日本企業はその後遺症を引きずる。臆病になり過ぎ、投資や賃上げに資金を回さず、ひたすらため込み内部留保を積み上げることに注力した。結果、リスクを取って新しい投資を避けるあまり、新製品や新サービスを産み出せなくなった。バブル後遺症のチャレンジ精神の喪失こそが停滞の要因の一つとされる。
 この傾向は官の世界にも波及し、チャレンジする精神、課題に立ち向かう姿勢が官僚たちから失われていったと指摘される。明治以来、優秀な官僚たちはエリートであり続け日本の発展を支えてきた。大蔵省はじめ各省庁には日本の頭脳が集まり政策の立案、実行に手腕を発揮してきた。城山三郎さんの小説「官僚たちの夏」に生き生きと描かれているように、彼らは総じて「国を背負う気概」に燃えていた。優秀なエリート官僚から何人もの総理大臣はじめ有力な政治家が数多く生まれ、経済界、学界などにも多くの人材を輩出した。だが平成の30年間で彼らの中に気概みたいなものが薄れ、国家国民よりも省益や組織防衛優先の姿勢が目立つようになったとされる。
 このように官民から進取の精神が失われ、国民全体にも安全指向が強まりチャレンジ精神が喪失したことが国際的地位の低下の要因とされる。打開する切り口は、やはり政治だ。長期に及んだ安倍政権は官邸中心の安全指向の政権運営が特徴のように見える。与野党の国会論戦も当面の課題が中心だ。衆院任期満了が迫り解散の話題が飛び交う中、人気取り的な短期思考でなく、将来課題に真正面から取り組むことが今後の政治には必要だ。与野党を問わず、問題意識を共有して中長期課題に取り組みことが求められる。企業や官僚が輝きを取り戻し日本再生を果たして行くために政治のリーダーシップを期待したいものである。

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ポピュリズムの克服

「一つの妖怪がヨーロッパにあらわれている。…共産主義の妖怪が。」1848年マルクスとエンゲルスによる「共産党宣言」の書き出しの有名な一節である。今日「一つの妖怪が世界にあらわれている。ポピュリズムという妖怪が」とでも表現したい勢いでポピュリズムが世界を覆っている。アメリカにトランプ大統領が誕生し伝統的な共和党の政策を捨て、あからさまな「自国第一主義」を推進する。イギリスでは保守党主導でブレグジットが実現した。イタリアでは左派の「五つ星運動」と極右の「同盟」による連立政権が実現している。その他多くの国でポピュリズム政党が伸長し、世界中にポピュリズムの風が吹きまくる。それは伝統的な「保守」や「リベラル」からも、イデオロギーの対立する左右両派からも生まれている。ポピュリズム政治は古代から批判されその危うさが指摘されてきた。古代ローマ社会では、食料と娯楽を提供する愚民政策でローマ市民が政治的に盲目に置かれていると「パンとサーカス」の諷刺詩として今日に伝わる。20世紀になってからも、当時ワイマール憲法のもと世界でもっとも民主的と言われたドイツで、ポピュリズム政治家ヒトラーが巧みな演説と宣伝で権力を掌握し悲劇へと突き進む。われわれは少し過去を紐解くだけで、ポピュリズムの危険性を教えてくれる多くの歴史を知ることができる。
ポピュリズムは世界的に進むグローバル化に対し「自国第一主義」を唱える。総じて経済政策では政府の関与を小さくするよりは「大きな政府」による国の積極的関与を志向する。MMT(現代貨幣理論)を肯定し、財源は税負担を避け国債で賄い大衆の支持を狙う。いつの時代も単純明快で歯切れのよい主張で国民請けを狙う。さらにヨーロッパ各国の反移民、アメリカのメキシコとの壁、ナチス時代の反ユダヤなど排外主義で敵を作り攻撃する手法が共通する。そこには、人間は不完全なものとし斬新的な改革を訴えてきた寛容で折り目正しい伝統的な保守主義の姿は見られない。社会的公正や多様性を重視するリベラリズムとも無縁である。
日本は、急進的ポピュリズムは見られず安定した政治が続くと評価されてきた。しかし「れいわ新選組」や「NHKから国民を守る党」にポピュリズムの台頭を懸念する指摘もある(「Voice」4月号「日本の生存戦略」松井孝治慶大教授)。だが両党にかぎらず、伝統的保守政党やリベラルを自認する日本の政党に、ポピュリズム政策の競い合いという傾向が強くなっていないか。突然のコロナ危機は、大恐慌から戦争へと突き進んだ20世紀前半の歴史と重なる。コロナ危機後、国際社会は協調して混乱や停滞から社会や経済の再生に立ち向かわなければならない。政党や政治家は大切な局面にあることを自覚し、ポピュリズム政治が蔓延する世界と渡り合ってほしいものである。

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米大統領選と格差問題

 今秋アメリカ大統領選が行われる。3月初旬のスーパーチューズデーを皮切りに本格的な選挙戦を迎える。共和党はトランプ氏の再選を狙い、民主党は大勢の候補者がひしめいて先行きは見通せない状況だ。トランプ大統領は就任以来、アメリカ第一主義を強力に推し進めてきた。対する民主党もポピュリズム左派と称されるサンダース氏など多くの候補者が富裕税導入など大衆受けを狙った政策を前面に打ち出し対抗する。こうした「アメリカ第一主義」はアメリカの国際的地位を著しく低下させてきた。アメリカの国際政治学者で知日派としても知られるジョセフ・ナイ氏は、経済力や軍事力などハード面だけでなく、アメリカの魅力であった民主主義や人権、文化などソフトパワーが損なわれていると指摘する。そして「傲慢」「他者の意見に無配慮」「狭い国益観念」などがソフトパワーを損なう要因だと憂慮する。だが大統領選の序盤を見ると、減税や関税措置などで岩盤支持層に配慮するトランプ氏と、大衆受けを狙う民主党候補の間で、スキャンダル追及やポピュリズム政策の競い合いが続く。アメリカが世界のリーダー国として保持してきた自由と人権、民主政、開かれた自由貿易などの理念は後ろに追いやられた格好だ。
 冷戦終結後の30年間、ヒト、モノ、カネの自由な移動によるグローバリズムによって経済の発展が図られてきた。一方、中下層の所得階層が経済成長から取り残された結果、多くの国で深刻な格差社会が生み出されて社会の分断を招く現象が起こった。低所得層の不満はより低賃金の移民や難民などに向かう。社会への不満、将来への不安を抱く層によって、多文化の共生や寛容の理念などが否定され、自国第一、反移民などの風潮が蔓延した。アメリカに限らず欧州各国にも拡がった格差社会は、多くの国でナショナリズムや保護主義を訴えるポピュリズム政党が伸長し政治の不安定化を招いた。安定した政治が行われているとされる日本でも格差や分断の問題が深刻化してきたと指摘する著作やリポートが近年目立つ。また財政赤字を抱えるにも拘わらず給付など巨額な財政支出を行うという一種のポピュリズム政治で格差問題が先送りされているとも言われる。
 格差社会の対応策として、各国が協調よりも自己主張を強める傾向に対し、第一次や第二次世界大戦前と酷似するとする指摘が最近多い。各国の保護主義や閉鎖的なブロック化の経済政策が二つの大戦前の共通した経済状況だ。格差解決は各国が壁を築いたりポピュリズム政策を選択することで解決されるものではないことは二度の大戦の教訓だ、即効薬は期待せず地道な社会改革の積み重ねが大切なのではないか。そして地球温暖化や核軍縮などグローバル課題にも敢然と取り組むべき時ではないだろうか。アメリカ大統領選は、再び世界から信頼され尊敬される誇り高きアメリカを取り戻す、未来に一筋の光をもたらすものであって欲しいものである。       


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国会改革の必要性

 「桜国会」と呼ばれた臨時国会が閉幕した。日米貿易協定の承認などが主なテーマの国会だったはずだが、政治とカネをめぐる2閣僚の辞任や、大学入試の英語民間試験の導入見送りに続いて「桜を見る会」が焦点になり「桜国会」などと呼ばれた。招待客の基準が不明確で名簿も破棄したという節度を欠いた政府の対応は批判されて当然だ。政府側は野党の追及に納得の行く答弁が出来ず時間切れで何とか国会を乗り切ったという印象だ。
 国民目線からすると政権のいい加減さを質して欲しいという感情がある一方、スキャンダル追及重視に明け暮れる国会はこれで良いのだろうか、国の在り方や直面する課題の議論がお座なりになっているのではないか、という感想を抱いた国会だった。欧米の議会には見られない日本の議会運営の慣例がこうした事態をもたらしている要因とされる。読売新聞特別編集委員の橋本五郎氏は国会審議の形骸化の現状は議院内閣制の危機で国会改革の必要性を強調する(12月7日読売新聞)。そして悪しき慣例の一つの「与党の事前審査制」の廃止を主張する。政府提出の法案は与党によって事前に審査・承認され政府は与党の党議決定を経て閣議決定する。この段階で与党の法案審議は終わっており、後は法案をいかに通過させるかが残るだけになる。一方、野党にとっては国会こそが活躍の舞台だ。ところが国会論議で修正などを迫っても党議決定した与党が応じることはほとんどない。したがって野党が存在を際立たせるにはスキャンダル追及こそが格好の材料となる。こうした実態を打破し国会審議の活性化を図るため、平成の初期の頃から民間の有識者で作る「民間政治臨調」などから事前審査・承認慣行の廃止が提言されてきたが今もって実現していない。国会の在り方が問われるスキャンダル応酬の「桜国会」ではなかったか。
 もう一つは「会期不継続原則」だ。日本の国会は常会や臨時会が設定され閉会中審査の手続きをとったものを除き、会期不継続の原則により審議未了の案件は継続せず廃案になる。これが国会運営をスケジュール重視の駆け引きにしている要因だ。これまでは会期末などで野党が審議拒否や不信任案などで会期不継続の原則を抵抗手段に使うことが常態化していたが、今回は「桜を見る会」の追及を回避するため与党側が時間切れを狙った印象だ。いずれにしても「会期不継続の原則」が国民にはわかりにくい国対政治の温床になってきた。会期制の抜本改革は憲法改正が必要なため通常国会の延長などを通じて改善すべきと識者などから指摘されて久しい。こうした点に限らず、予算委員会や党首討論の在り方など「桜国会」は多くの改革の必要性を感じさせる国会だった。国会は機械的な議案の通過機関でなく「言論の府」である。与野党は国会審議の活性化、透明性など国会改革の課題について真剣に取り組んで欲しいものである。

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憲法論議

 安倍総理は内閣改造と党役員人事を行い「憲法改正に向けた議論を力強く推進する」と強調した。衆院の憲法調査会の与野党のメンバーも改憲を何度も実行しているドイツなどへ海外視察に出かけたと報じられており国会での改憲論議が注目される。これまで改憲派は現在の憲法は押しつけ憲法であり、自主憲法制定が必要だとしてきた。対する護憲派は世界に先駆けた誇るべき憲法を守るとして、長らく国民の分断が続いてきた。9条以外の参院改革など統治機構、私学助成など教育改革、緊急事態条項などの議論を含めて対立を克服する方向に議論が進むことは可能だろうか。
 ところで今年、憲法関係で新聞や総合雑誌の書評にも取り上げられ話題になった2冊の本がある。1冊は加藤典洋氏の「9条入門」(創元社)だ。刊行直後に著者が亡くなられこの本が絶筆となった。日本の終戦処理に関し11か国で構成されていた極東委員会は天皇を免罪することに反対だったが、占領軍の最高責任者マッカーサー元帥は天皇を利用して占領統治を出来るだけ有利に進めようと考えていた。憲法9条の戦争放棄条項も、昭和天皇の免罪を各国に認めさせるために作られたものとする。また大統領選出馬を狙っていたマッカーサーのアメリカ本国との駆け引きなど憲法制定の過程が分析される。そして成立過程から世界に先駆け国連による「集団安全保障体制」に主権の一部を委ねるのが9条の本旨であったことが説明される。その後、朝鮮戦争や東西冷戦で集団安全保障体制は実現されなかった結果、護憲派と改憲派の対立が続くようになったが集団安全保障を志向する大切さが主張される。
 もう1冊は篠田英朗氏の「憲法学の病」(新潮新書)だ。日本国憲法には「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」の三大原理で構成されているという見解や、平和主義についても国際法を凌駕して唯一無二の世界最先端の規範だという見解などを批判する。日本の憲法学の主流をなしてきた宮沢俊義、芦部信喜氏等のこうした憲法解釈に異議を唱える。日本国憲法は1928年の不戦条約、1945年の国連憲章などの国際法規を前提に作られたもので国際法規範を遵守する意図を表現していると考えるのが妥当とする。
 当然、2冊の本の評価については異論もあるが、、憲法について従来の通説とは異なる見解に触れることであらためて考えさせてくれる書である。憲法改正が現実の政治課題になりつつあるいま、いわゆる「押しつけ論」の実際の経過、いわゆる「世界最先端憲法」論と国際法との関連などを点検しながら、改憲派と護憲派の対立を止揚して行けるような議論の質が高まることを期待したいものである。


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参院選を終えて

参院選が終わった。注目された与野党の議席数は自民、公明両党が安定多数を維持する結果に終わった。選挙中、社会保障政策など国政の幅広い分野にわたって論戦が繰り広げられた。だが参院は何のために存在するのか、衆院と異なるどんな役割が期待されているのか、そのためにどう改革するのか等々、問われている本質的な問題を訴える政党や候補者が見当たらなかったことは残念だった。昨年もこの欄で私見を述べたが、こうした点はこれまで繰り返し指摘されてきた。例えば「参院、真の改革へ待ったなし」で中北浩爾一橋大教授は参院が自己改革を怠れば有権者に見放される日は遠くない、と警告する(7/14信毎)。昨年の国会で、今回の選挙の合憲性を確保するため鳥取・島根、徳島・高知を合区するなどの一票格差是正のための公選法改正が行われた。この改正は定数の6増に加え特定枠導入など理念なき小手先対応として世の非難を浴びた。さらに先の国会では議員歳費を返上出来る法案を可決した。今後3年間に限り議員一人月額7万7千円を返納できる、これを定数増に伴う経費増に充当しようとするものだ。返納するかどうかは議員の自主的判断に委ねるという。その場凌ぎのあきれるばかりの対応である。国会議員の定数、選挙制度の仕組みは民主主義下の議会制度の基本中の基本だ。参院が二院制の趣旨に基づく改革を怠ってきたこれまでのツケが、理念なき一時凌ぎの法案に立ち至ったことは明らかだ。90年代の政治改革の際も、参院は他人事のように「我、関せず」で過ごし衆院の改革だけで終わった。だが一極集中傾向の人口動態からして今後もいくつかの合区が迫られる事態が想定され、現行の都道府県代表制の維持は困難になることが想定される。参院は制度発足当初から、地域の声を代表する都道府県単位の選挙区制度で「地方の府」として、合わせて全国単位の選挙制度で有識者や職能代表を選ぶ多様な民意を反映する「良識の府」としての機能が期待された。衆院のカーボンコピーの参院や「政局の府」の参院は不要だ。地方の府、良識の府として本来の機能を発揮するところに参院の存在価値がある。
 「地方の府」として参院を位置づけ、公職選挙法を改正し都道府県から議員を選出する選挙制度を実現することは憲法理念に反しない、とする見解は前出の中北論文はじめ多くの識者から論じられてきた。例えば自治省出身で福井県知事になった西川一誠氏は憲法制定時のGHQとのやり取りの立法経過、そして昭和58年、平成26年、28年の最高裁大法廷判決を引用し、憲法改正がなくも法律改正で都道府県代表制が可能と結論づけている(中央公論2018・5月号)。参院は、こうした見解も参考に自らの改革に躊躇なく取り組むべきである。今回の選挙は安倍政権の信任や消費増税の可否が問われた。だが参院改革を議論せず先送りが続くと、有権者から参院不要論、世界の多くの国で採用している一院制論が沸き起こるかも知れないことを心すべきと思われる。

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欧米政治の異変に思う

 欧州議会選挙(EU)でEU支持派が過半数を維持したがポピュリズム勢力が勢いを増す一方、これまでの政権を担ってきた政党が軒並み試練に立たされ欧州政治の異変は収まりそうにない。イギリスでは長年にわたって政権を競い合ってきた保守党、労働党の二大政党がEU離脱を掲げる「ブレグジット党」に押され支持率トップの座を奪われている。ドイツではこれも長年政権を競い合ったきたCDU(キリスト教民主同盟)とSPD(社会民主党)に対し反移民・反EUの「ドイツのための選択肢(AID)」の台頭が著しい。フランスではルペン党首率いる極右の「国民連合」がマクロン氏の与党に拮抗している。イタリアでも連立政権を樹立した極右と極左の「五つ星運動」がトップの座を占めた。スペインなど他の欧州諸国でも同様な現象が起っており、これまで長年政権を担ったきた既成政党は困難な局面に遭遇していることが今度の選挙を通じて鮮明になった。そして大統領選の前哨戦が始まっているアメリカでもトランプ政権のアメリカンファースト政策や大型減税など大衆迎合的政策が進行する。対する民主党の大統領選の候補者選びはMMT理論(財政赤字容認の金融理論)などを叫び、共和党以上のポピュリズム的傾向を強めているのが現状だ。
 こうした欧米における左右両派によるポピュリズムの高まりは国際社会の大きな不安定要因となりつつある。かつて国際協調を無視し帝国主義の剥き出しの欲望が対立し閉鎖的なブロック経済政策が採られ、取返しのつかない大戦の引き金になった時代状況と重なる。各国の国内世論の対立と分断、そしてそれを克服し切れない政治の混乱は先行きに大きな不安を抱かせ、相互の理解、寛容を前提とした国際政治システムは困難に遭遇している。
 さて日本は世界でもっとも政治の安定した国の一つだとされるが言うまでもなく多くの課題も抱えている。日本の近代政治システムは明治初期の板垣退助等の民選議院設立建白書以来、絶えず欧米を範としながら議会制度を確立してきた。平成の政治改革でも欧米型の「政権交代可能な二大政党制」を目指す制度設計が行われてきた。しかしヨーロッパにおける二大政党制は揺らぎ、範とすべき政治システムの存在は危うくなっているのが現状だ。自民党一強と野党の混迷が続く日本政治だが、責任ある政策を提起し絶えざる改革に取り組まなければ、ポピュリズムの台頭を招き、たちまちにして政治の不安定化を招くことを欧米の政治状況は教えている。有権者がわがままを言ったり、無理なサービスを政治に求めたりすることが繰り返されれば民主政治は成り立たない。また憎悪や熱狂で課題は解決しないことは歴史の教訓だ。有権者、政治家双方がそのことを自覚して日本の政党政治の健全な発展を目指して欲しいものである。揺らぐ欧米政治を他山の石として自由と民主主義を基調とした政治的価値観や平和と人権を大切にする国として、国際社会において信頼され尊敬される国として存在感を示して行きたいものである。

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