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開戦の過程を学ぶ中高生

 近現代史の加藤陽子東大教授が中高生向けの講義を「戦争まで」(朝日出版社)というタイトルで一冊にまとめ出版した。いくつかの新聞などで評論や紹介記事が書かれている。数回の講義で戦前の日本の判断を左右した三つの交渉を取り上げて論じている。1932年のリットン報告書、40年の日独伊三国軍事同盟、開戦前の日米交渉だ。満州事件を調査し国際連盟に報告する任務を負ったリットン調査団。報告書は、満州における日本の権益に配慮した、かなり日本に好意的な内容が含まれ日本の国際連盟脱退を防ごうとする工夫が見られる。受け入れをめぐって政府内でも議論が割れ、対外交渉も行われる。一方、朝日、東京日日など主要紙が国際連盟脱退の主張を大々的に展開する。慎重論は、煽動的な記事に煽られた世論にかき消される。結局、時の内田外相等の主張で国際連盟脱退の道が選択される。また日独伊三国同盟についてもドイツの戦勝に幻惑され同盟締結にいたったイメージだけではないと指摘する。さらに開戦前の日米交渉についても衝突回避に向けた双方の真剣な議論があった。日本が一直線に対米戦争に突き進んだわけでもなかったと豊富な史料をもとに説明する。
歴史の事実に接するほど、大日本帝国憲法下でも様々な議論や行動があったことがわかってくる。当時を軍部独裁として戦前を全否定する見方ではなく、重要な場面のたびに様々な動きがあったことを論証する。「国民は大本営発表に騙されていました」「新聞や雑誌は言論弾圧で何も書くことができませんでした」と弾圧と煽動に帰する責任逃れの言い訳では戦争体験を次の時代に生かすことはできない。開戦にいたる過程で、政府がだまし、国民がだまされていたわけでもなかった、とも指摘する。国際社会からの3度の問いに対応しながら開戦を選択して行く過程を丹念に追う。
 そう言えば、丸山政治学として名高い丸山眞男も、戦前、戦中の日本の権力構造を分析し、「武力行使がずるずるべったりに拡大し自己目的化していった」と指摘した。そして「彼等はみな、何物か見えざる力に駆り立てられ、失敗の恐ろしさわななきながら目をつぶって突き進んだのである。彼等は戦争を欲したかといえば然りであり、戦争を避けようとしたかといえばこれまた然りということになる。戦争を欲したにも拘らず戦争を避けようとし、戦争を避けようとしたにも拘らず戦争の道を敢えて選んだのが事の実相であった。」と分析した(「現代政治の思想と行動」)。
 三度の選択に当たって、政府の中で外務省、陸軍、海軍などで内部対立も含め様々な議論が行われ外交交渉も行われた。結局「非決定の構図」「両論併記」が繰り返され開戦へいたる。今日も政治の意思決定と責任のあり方や省庁利益優先の縦割り行政の弊害などが大きな課題だ。国際社会との関わりが一層重要性を増し、憲法改正論議も進む中、なお更、あの戦争への過程を正視する必要性を認識させられる。本書は中高生に対しての数回の講義をまとめた書だが、われわれにも多くの教訓を与え歴史を問いかける。それにしてもスマホに熱中する若者たちが受験に直接役立ちそうもない講義を受け続けたことに感心させられた。既成概念で歴史を見る風潮のある大人たちこそ読む必要があるのではないか、と感じた書である。



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