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平和維持への問いかけ

 国際政治学者の三浦瑠麗さんが「21世紀の戦争と平和」(新潮社)と題する本を刊行した。新聞各紙の書評欄にも数紙で紹介され話題を呼んでいる。副題には「徴兵制はなぜ再び必要とされているのか」と挑発的なタイトルが付く。だが数年前に「シビリアンの戦争」を出版しデモクラシーが攻撃的になることを指摘した三浦氏は単純に徴兵制の復活を主張しているわけではない。むしろ兵器の高度化が進んだ現在、徴兵制の軍隊は実戦に対応出来ずお荷物になるという認識を持つ。憲法上認められないことも百も承知だ。だが三浦氏は、戦争を抑止し平和を確立するためには、徴兵制によって国民が実際の戦争と犠牲を体感できる仕組みを議論すべきではないか、と問題提起する。 そもそも民主主義社会が高度化すると戦争による犠牲「血のコスト」は少数の職業軍人だけが負担するようになる。すると政治家や一般国民は戦争によってもたらされる犠牲やコストなどを考慮せず、戦争に抑制的な軍の意向を押し切り大義名分を掲げて安易に戦争を選択してしまう。日本の太平洋戦争の過程を見ても、自らは血のコストを負うつもりのない一般国民が好戦的になり声高に邦人保護を訴えていたことが軍部暴走を支えていた。国民が平等に徴兵されるようになったのは最後の2年間ほどで徴兵制が戦争を拡大するというものではなかった、と振り返る。またアメリカのイラク戦争をはじめ近年の戦争や紛争は、こうした「シビリアンの戦争」が多いと指摘する。軍が武力行使に抑制的であるが政治家や一般市民が軍を抑えて不必要な戦争を選択するケースが多いとする。国連による平和維持の仕組みが十分に機能せず、大国アメリカによる抑止力も揺らいでいる情勢の中で、平和を維持して行くためには国民が戦争を自身の問題として捉える必要があるのではないか、そこに確かなシビリアンコントロールと戦争に対する抑制的な考え方が育まれるのではないかと、提起する。2017年のフランス大統領選で当選したマクロン氏は「短期間の兵役義務化」の公約を掲げて当選した。スウェーデンでは2018年平時の徴兵制を復活させている。こうした動きは軍事優先の国家を目指すものではなく、民主主義を強化し戦争を抑止する取り組みだと分析する。
 そこで著者は、広い年齢層の平等な徴兵制の検討を提案する。災害対応を想定した訓練や環境問題への対応を含めた国土管理と郷土防衛の予備役にさまざまな世代の国民を持ち回りで召集する、などを例示する。この徴兵はあくまでも国民の血のコストへの理解を深め、戦争への無責任な賛同を抑え、国家を自分たちで守り作り上げて行く感覚を養うためのものだ。近年、アメリカや欧米各国でのポピュリズム的政治勢力の進出を見ると、自国第一の国民感情に押され安易に開戦が決定されて行く危険性を感じる。「血のコスト」を論じ平和維持を問いかける本書の問いかけは重い。

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